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高松高等裁判所 昭和25年(う)423号 判決 1951年2月16日

控訴人 被告人 山下安正 外二名

弁護人 近藤勝 外一名

検察官 塩田末平関与

主文

原判決を破棄する。

被告人山下安正、同梅林実を各懲役一〇月に、被告人大川明智を六月以上一〇月以下の懲役に処する。

理由

被告人等各弁護人の控訴趣意は添付別紙の通りである。

被告人山下安正の弁護人近藤勝の控訴趣意第一点について、

原審第一回公判調書によれば検察官が被告人の所謂自白調書を他の証拠書類及び証拠物と共に一括して証拠調の請求をし被告人及び弁護人がその全部を証拠とすることに同意し且つ証拠調の請求に異議がない旨を述べ、裁判官が先づ自白調書以外の証拠書類を取調べた後自白調書を取調べ、最後に証拠物の取調をしたことが明らかである。刑事訴訟法第三〇一条は所謂自白調書は犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければその取調を請求することができない旨規定しているから、他の証拠の取調がなされない中に検察官がした右自白調書の取調の請求は違法であるけれども、被告人及び弁護人においてその直後に異議を申立てず、却つて証拠調の請求に異議がない旨を述べていること前記の通りであるから、検察官の証拠調請求についての右違法に関しては責問権を喪失したものと認めるべきである。而して前記法条の趣旨は裁判官の予断防止にあると解すべきであるから、前記の通り、犯罪事実に関する他の証拠書類を取調べた後自白調書の取調をしている原審証拠調手続には何等違法の点がなく、論旨は理由がない。

同第二点事実誤認、法令適用の誤、被告人梅林実の弁護人原田左武郎の控訴趣意第一乃至第三点理由不備、審理不尽、法令適用の誤の各論旨について。

原判示第一の各事実を見ると、何れも被告人等が共謀の上靴修繕料に仮託して各被害者から不当に多額の金品を喝取した事案である。即ち(一)の事実では、子供用ゴム長靴片足の修理につき金四千五百円、(二)の事実ではズツク製短靴一足の修理につき金二千円、(三)の事実では編上靴一足の修理につき金三千円、(四)の事実では同様の修理につき現金二千円と小豆三升、(五)の事実では編上靴二足の修理につき現金五百円と小豆一斗を授受しているのであるから、判示脅迫の手段と照し合せると、その当事者が靴修繕料として右金品を授受したものでないことが明瞭である。これを恐喝罪の外物価統制令違反の罪をも構成するものと認定判示し同令の罰条及び刑法第五四条をも適用処断した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認、法令適用の誤があるから、この点に関する論旨は何れも理由がある。而して原判決は右第一の各事実を原判示第二事実と併合罪の関係ありとし、刑法第四五条前段を適用処断しているから、被告人両名に対する原判決は刑事訴訟法第三九七条第三八〇条第三八二条により全部破棄を免れない。

次に被告人大川明智に対する原判示第一の各事実を職権で調査すると、被告人梅林実につき説示したと同一の違法があるから、同人に対する原判決も前同様の理由により全部これを破棄すべきものとする。

而して職権で調査しても原判決には右物価統制令違反の罪の点を除き、事実誤認、理由不備の違法なく、刑事訴訟法第四〇〇条但書に則り直ちに判決をすることができるものと認めるから、更に次の通り判決する。

被告人等は肩書住居地で靴修繕業を営み、各地に行商しているものであるが、

第一、(一)被告人梅林実、同大川明智は外二名と共謀し、昭和二五年一月一八日頃午前九時頃徳島県三好郡箸蔵村字込野二三一九番地三木繁市方で、同人より子供用ゴム長靴片足の筒の上部より下方に約五、六寸破損した箇所と両裏側の小破部分等の修繕を一五〇円で請負いながら、修繕が終つた後で一寸の修繕が一五〇円であると申向け金五、〇二五円の不当な料金の支払を要求しその支払を拒絶せられるや、口々に要求額の支払を強要し、被告人等中一名が「生意気なことを言うな相場だけの仕事をしてある。わし等は夜が来うが警察が来うが五〇〇〇円呉れな動かん」等と多衆の威力を示して威迫し同人をして若し要求に応じなければ如何なる危害を加えられるかも知れないと危惧せしめ因つて同人から即時その場で金四五〇〇円を交付させて喝取し、

(二)右被告人両名は外二名と共謀し、同日午後零時頃同村大字西山字宮の西一一五八番地吉田曽左衛門方で同人よりズツク製短靴の半皮とかゞと打を一足二五〇円で請負い、更に台締を三〇円ですると約束しながら、修繕が終つた後で一寸の台締が三〇円で二廻り釘を打つて八尺になるからと金二八〇〇円の不当な料金の支払を要求し、拒絶せられるや、口々に要求額の支払を強要し、被告人等中一名が「あの連中は四、五日前に警察から出て来たばかりじや、警察へ行くのは何とも思わんのじやから、どんな乱暴をするかも判らん」等と多衆の威力を示して威迫し前同様同人を危惧させ、因つて同人から即時同所で金二、〇〇〇円を交付させて喝取し、

(三)右被告人両名は外二名と共謀し、同月二〇日頃午前一〇時頃同村大字西山字木屋床二七五四番地山下重春方で、同人より編上靴一足の半皮打を一五〇円と左片足の小破修繕を五〇円で請負い更に台締を四〇円ですると約束しながら、修繕が終つた後で一寸の台締が四〇円であると申向け、金四、〇五〇円の不当な料金の支払を要求し、拒絶せられると、口々に要求額の支払を強要し、多衆の威力を示して威迫し、前同様同人を畏怖せしめ、因つて同人から即時同所で金三、〇〇〇円を交付させて喝取し、

(四)被告人等三名は共謀し、同月二二日頃午後一時頃同郡辻町大字西井川字里川二九五番地大柿勘五郎方で、編上靴一足のかゞと打を八〇円で請負い、更に半皮打並びに台締もしておくと修理を勧めたが、同人がこれを断るや、今迄に修繕した勘定金二、六一〇円を支払えと要求し、拒絶せられるや口々に要求額の支払を強要し、被告人中一名が「あの男は気が短いので怒つたらどんなことをするか判らんから早く払え」等と多衆の威力を示して威迫し、前同様同人を畏怖させ、因つて同人から即時同所で金二、〇〇〇円と小豆三升とを交付させて喝取し、

(五)被告人等三名は外一名と共謀し、同月二五日頃午前八時三〇分頃同郡昼間町大字東山字柳沢長田タマヱ方で同人等より編上靴一足のかゞと打と土踏まずの部分の修繕を一三〇円で請負い更に半皮打を二〇〇円ですると約束し外に編上靴一足の釘打をして合計金六、八〇〇円の不当な料金を要求し、拒絶せられると口々に要求領の支払を強要し、多衆の威力を示して威迫し、前同様同人を畏怖させ、因つて同人から即時同所で金五〇〇円と小豆一斗とを交付させて喝取し、

第二、被告人等三名は共謀し、同月二六日午後三時過頃同郡三名村省線西宇駅前で、板倉正祥に対し靴の修繕並びに販売等を交渉し同人が応じないので、更に同駅発高松棧橋行列車に同人に追随して乗込み、多衆の威力を示して威迫し、同人をして要求に応じなければ身体等に如何なる危害を加えられるかも知れないと危惧させ、因つて同人に靴修繕を承諾せしめて義務なきことを行わせ、その際被告人山下、同梅林は共謀して前記駅前で右板倉の左顔面等を殴打する等の暴行を加え同人の左顎関節部に治療約一週間を要する傷害を与え

たものである。

右事実は、

一、司法警察員作成の三木繁市、吉田曽左衛門、山下重春、板倉正祥の各供述調書

一、検察官作成の大柿勘五郎、長田タマヱ、板倉正祥の各供述調書

一、医師北条源之助作成の板倉正祥の診断書

一、被告人等の司法警察員に対する各供述調書

一、被告人等の原審第一回公判調書中の各供述記載

を綜合してこれを認める。

法律に照すと被告人等の判示第一の各所為は各刑法第二四九条第一項第六〇条に、第二の所為中脅迫強要の点は各同法第二二三条第一項第六〇条に、被告人山下、同梅林の傷害の点は各同法第二〇四条罰金等臨時措置法第二条第三条第一項第一号刑法第六〇条に当り、右被告人両名の強要、傷害の所為は各一個の行為で二個の罪名に触れるから、刑法第五四条第一項前段第一〇条で重い傷害罪の刑に従い何れも懲役刑を選択し、被告人三名の以上各所為は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条第一〇条により被告人山下同梅林については各傷害罪、被告人大川については判示第一の(四)の恐喝罪の刑に法定の加重をした各刑期内で被告人等各弁護人の量刑不当論旨をも参酌考量し、被告人大川明智に対しては尚少年法第五二条に則り被告人等を主文第二項の通り量刑処断する。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 満田清四郎 判事 太田元 判事 横江文幹)

被告人山下安正の弁護人近藤勝の控訴趣意

第一点、原審公判調書に依ればその手続において検察官は被告人の自白の供述調書を他の証拠書類及証拠物と共に一括して証拠調を請求し裁判官は之等の証拠を取調べる旨の決定を宣し検察官は之等の証拠書類及証拠物を裁判官に提出し裁判官は自ら証拠書類を朗読し次いで被告人に対する供述調書を朗読し証拠物を展示して証拠調を行ふたのであるが、刑事訴訟法第三百一条の趣旨から云へば検察官は被告人に対する右供述調書は犯罪事実に関する他の証拠が取調べられた後でなければこの取調を請求することができないのであるにも拘らず原審公判手続が斯様に行はれなかつたのであつて、これは明らかに違法の手続でこの違法は判決に影響を及ぼすものであるから原判決は破毀を免れない。

第二点、原判決は事実の誤認があり法の適用に誤りがある。即ち原判決の判示事実中第二ノ(四)及(五)の事実を恐喝並物価統制令違反の想像的競合一所為数法と認定したのであるが右事実は単に恐喝罪の単純一罪であつて物価統制令違反罪は成立しないのである。何となれば物価統制令第十三条又は第九条ノ二の規定は価格等に関する規定であつて本件の金銭及小豆は靴修繕料として授受せられたものではない。只靴修繕料と云ふ名に仮託したものであつて双方の真実は決して靴修繕料を授受する意思の下に之を授受したものではないのである。本件の金品は被告人等の脅迫に因り被害者は止むなく交付したものであつて靴修繕の対価として取引せられたものでないことは判決引用の証拠により極めて明白である。

若し仮りにそうでないとすると被害者側に於ても物価統制令第十三条及第九条ノ二の違反罪の成立を認めなければならない結果となり被害者が恐喝せられて金品を交付した行為を自由な経済上の取引の如く見て経済取引上の違反罪に問ふが如きは到底首肯し得られないところである。

右の如き理由より原判決は判示第二ノ(四)(五)の事実につき価格等統制令第十三条第九条ノ二に問擬したのは明らかに事実誤認擬律錯誤の違法の判決であつて破毀せらるべきものである。

被告人梅林実の弁護人原田左武郎の控訴趣意

第一、原審判決は、理由不備の判決であるから、破毀せらるべきものである。

一、原判決は、その理由、罪となるべき事実第一の(一)乃至(五)において、被告人等が共謀の上、被害者等に対して、時価程度で靴などの修理を約束し、修理が終つてから、言いがかりを付けて、約束よりも高い修理料を要求して、これを喝取したと言う趣旨の五つの犯罪事実を認定し、これに対する罰条の適用として、(1) 恐喝の点は、刑法第二百四十九条第一項、同第六十条。(2)物価統制令違反の点は、物価統制令第三十四条、同第九条第二項(但し、第一の(四)(五)については、同令第三十三条同第十三条)に該当するものとして、これは、刑法第五十四条第一項前段の想像的競合であるとしておる。

二、しかし、この罪となるべき事実として、認定しておる事実はいずれも、暴行又は脅迫によつて、財物を喝取したと言う事実の認定であつて、物価統制令違反の事実を考えられるような事実関係は、これを見出すことはできない。

なるほど、被告人等が要求して、受領した金員は、一般的に見て、相当高いものであることは、間違いない。しかし、高いからと言つて、必ずしも物価統制令違反となるとも考えられないのであるから、この罪となるべき事実には、少くとも、公定価格を表示して、被告人が要求し、受領したものが公定価格を越えるものであることとか、または、不当に高価なものであることが判然と認定されておらなければならない。

三、即ち、判示第一の(一)乃至(五)のような記載では、物価統制令違反の事実としての要件が足りないので、このような事実関係では、物価統制令違反として、罰することができないものと考えられる。

四、ところが、原審は、このような事実関係を捉えて、物価統制令の罰条を適用しておるが、これは、判決の理由に法令の適用だけを示して、罪となるべき事実の記載がないのと同じことで、これは明らかな理由不備である。

第二、原判決は、審理不尽の判決である。

一、起訴状記載の公訴事実では、被告人等の恐喝、強要、傷害の点は、充分に判るのであるが、物価統制令違反の点は、判然としないのであるから、原審裁判官は、その点につき、

(1)  靴修理には公定価格があるものであるか、どうか。

(2)  被告人等が要求し、受領した金員は、どの程度公定価格を超えるのであるか、

(3)  または、何故に不当に高価なものであるか。

につき、検察官に釈明を求め、この点についての証拠調を促して行くべきものである。

ところが、原審では、検察官は、その点について、何の証拠も請求しておるように見受けられず、果して、被告人等が要求し、受領した修繕料が公定価格を超えるものであるか、または、不当に高価なものであるかについての証拠がない。

検察官がその点についての証拠を請求せず、また、職権でも証拠調をしないのであれば、被告人等に対する物価統制令違反の点については、無罪の言渡をしなければならない。

二、原審においては、以上の手続を経て、はじめて、被告人等に対する物価統制令違反につき、有罪、無罪の判断をするに至るのであるが、原審では、そのような手続を経ず、漫然第一記載のように判決しておるが、これは審理不尽の甚だしきものである。

三、仍つて、原判決は、これを破毀すべきである。

第三、原判決は、法令の適用をも誤つておる。

物価統制令第九条の二に違反する所為は、不当な要求をする点において、恐喝の一体様である。仍つて、同法令違反と恐喝とは想像的競合ではなく、吸収犯の関係にある。仍つて、この場合には、恐喝に関する法条だけを適用すべきで、それに加えて物価統制令第九条の二を適用して、刑法第五十四条第一項前段によるとするのは、間違つておる。

原判決は、この点でも破毀を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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